第三話 「木星へ来たぞ、ボクらのウチンダイ」

 ウチンダイ本体部分は一つの町をそのまま利用しているのだが、その他に六四層から成る地下部分がウチンダイにはある。
 その昼なお暗きウチンダイの最下層——
 カツン、カツン、カツン、カツン
 闇に包まれた廊下を二つの靴音だけが虚しく響いている。
 カメーとJ皇子である。
「なあ、カメーよ。やっぱりやめにしないか」
 J皇子が哀願する。
「何故だ。なにをそんなに恐れとるんだ?」

 今を遡ること三十分前。
<祝!ウチンダイ発進!>連続七日間宴会(ちなみにその前に<祝!ウチンダイ完成>宴会が一ヶ月間続いている)をやっていたJ皇子のもとへカメーが訪れたのだ。
 そして、陽気にバカ騒ぎをしているJ皇子へこう言ったのだ。
「サカグッチに会ってみたい」と。
 途端にJ皇子の顔からは酔いは急速に醒め、力の抜けたそのウデからは超特大ビールジョッキが落ちていく。
 ふと見ると、傍らにいたはずのDONは髪を逆立てながら体を丸め、まるで逃げるかのように転がりながら去っていった。
「本気か?」
 もはや真っ青になったカメーが訊ねると、カメーは、
「うむ」
 と、頷いた。
 カメーの言い分はもっともである。艦長なる者、すべての部下の顔と名前を覚えなければならない。
 そう思ったカメーは一万人にも及ぶウチンダイの乗組員を覚え出したのだ。
 だが、どうしてもデータの手に入らないのが一人だけいたのだ。
 それがサカグッチである。
 疑問に思ったカメーは手近にいた者に聞くと、サカグッチに関する詳細はトップシークレットでイモタルとDON、そしてJ皇子しか知らないという。
 こうして、サカグッチに会うことカメーは決心した。ああ、何たることであろうか。カメーはまだこの世に知らなくていい事があるということを知らなかった。
 そして、「イヤよ、イヤよ」と、泣き叫ぶJ皇子の襟首をひっつかみ、ウチンダイの最下層にやって来たのである。

「しかし、どうしてこんな誰も立ち寄らない所にサカグッチがいるんだ? まるで、隔離しているみたいではないか」
「そのとおーり」
「は?」
「もうすぐ分かるわい。カメーよ、ほれついてこい」
 もはや、駄目だと悟ったJ皇子はすっかり開き直っていた。
 厚さ六〇センチのハイパーセメント製異次元通用門——通称ドアを八つほどくぐり抜けると、ピンク色に染め上げられたドアにはこう書かれていた。
『サカグッチのお・へ・や。ノックしてね』
「こっ、これは……」
 うろたえるカメー。無理もない。
 まるで封印するかのように閉ざされたドアの向こうからはまがまがしい妖気がひしひしと伝わってくるのだ。
「どうする、カメー。引き返すなら今のうちだぞ」
 J皇子が揶揄するように言った。
「ムッ、何のこれしき。私に怖いものなどなあいっ!」
 カメーは負けず嫌いだった。
 言い捨てると、かめーは勢いよくドアを開けた。
 まさに無謀の極み。
「ぬおっ!」
 カメーの目に飛び込んできたのは刺激的なまでのピンク色の渦であった。
 何と部屋中がピンク色に覆われているのである。
「ぬう、これは……」
 カメーの額から油汗が滴り落ちる。
 そして、部屋の真ん中にあるピンクのソファーにピンクのクッションを膝に抱えた一人の人物がこちらを振り向いた。
 その容貌は……いや、あえて描写を割愛させて頂く。
 とにかくサカグッチは悪魔的なまでに妖艶なその唇を微笑みの形にゆがめ、囁くようにこう言ったのだ。
「いらっしゃい」
 その瞬間、J皇子はカメーの背中を部屋の中に蹴り込んだ。
「のおわっ?!」
 当然、部屋の中に転がり込むカメー。そして、J皇子は非情にもそのドアを閉じた。
 カメーの目の前で現世への唯一へのつながりが絶たれたのである。
 バタン
「ウギャ——ッ!!」
 ドアを隔ててカメーの断末魔が聞こえる。
「親愛なるカメーよ。安らかに眠るがいい……」
 J皇子はそう呟くと十字を切った。
 30分後、既になまっちろい灰になったカメーはよろめくようにしてサカグッチの部屋から出てきた。
 服はボロボロ、髪はグチャグチャ、おまけに身体中にキスマークが無数についていた。
「J皇子! よくも、よくも……」
「おお、生きていたのか……」
「お前のせいで、俺の……俺の貞操が……」
「会いたいといったのはお前だ」
「……」
 そういわると、カメーに返す言葉はなかった。
「しかし、あいつは一体何者なんだ?」
「……奴が発見されたのは冥王星だった。水も空気もない、太陽の光すらほとんど届かない、高圧の重力の底で奴は踊っていたのだ」
「な、何て非常識な……」
「他の宇宙人は誰一人としていなかった。ただサカグッチだけがそこにいたのだ。性別不明、年齢不詳、体組成も今の我々では解明することが出来ない……。ただ分かっているのは一つだけだ」
「な、何だそれは」
 身を乗り出して訊ねるカメー。
「ヒジョーに男好き」
「…………」
 身をもってその事を納得したカメーは返す言葉もなかった。
「奴を冥王星から地球に連れてくる間に六一二七人もの男がやおいの道に走ったという」
「分かるような気がする」
 六一二八人目になりかけたカメーが相づちを打つ。
「一説には単一種にして単一個体の種族ではないかと言われている」
「そりゃまあ、あんなのが何万といるかと思うと」
「そして、奴は我が軍最強の秘密兵器でもある」
「おお!」
「奴をのーくに様にぶつける。サカグッチならのーくに様に勝てるかもしれん」
「それはスゴイ!」
 言い換えると、ウチンダイだけではのーくに様に勝つことができないという事なのだが、二人はその事に気がつかなかった。
「よし、これはめでたいぞ。」
「だな。」
 二人は見つめ合った。
「そうと決まれば。」
「宴会だ!」
 チャカポコチャカポコ
「おい 酒がねえぞ、酒が。」
「おまいちょいと飲みすぎでねか。」
「てやんでえ。酒の一斗や二斗(一斗=一八l)たんなる食前酒だ。」
 すでに大盤振舞であった。
 ここウチンダイが宇宙に誇る、超巨大宴会室「グランド・シャト」にて、全乗組員中、八〇パーセントが既に飲だくれ、でき上がり乱交パーチーの一歩手前まで進んでいた。
『あーあー みなさん。』
 誰かの声がスピーカーから流れてきた。どうやら艦長のようだ。
 一応みな注目した。もっとも虚ろな目をしているやつ、立ったまま一升瓶を抱え寝ている奴らは除いてだ。
「えーと 私がカンチョーのカメーだ。」
「知ってるぞー。」
「コホン。諸君、あれを見たまえ!」
 気をとりなおしたカメーは右手を壁に向けた。そのとたん壁が動く。
 ゴンゴンゴンゴン
「おおー」
「あれは—」
 壁は実はシャッターだったのだ。宴会室はあっと言う間に展望室になった。
 そして人々は窓一杯に広がる大宇宙と超巨大なガス惑星によいしれた。
「あれが今回の目標だ!」
「オオーッ!」
「明日の朝、出撃する!それまでは無礼講だ!」
「ウオオオーッ!」
「では一番キャプテンが歌います!」
 既にカメーもでき上がっていた。
「よっ。」
「うん?なんだ ヒデトか。」
「なんだとはゴアイサツだな。」
 J皇子(以下J)はヒデトにつかまっていた。彼もまた酒には滅法強かった。
 だがもっと好きな物があったのだ。
「で なんのよーだ。」
「いい娘がいるんだよ」
 ヒデトが耳もとで囁く。途端にJの目は妖しく輝きだす。
「そう言うことは早よ言うのだ。おおリビドーがもえる!」
 つまらんことでリビドーを燃やすなとヒデトは思ったが、口には出さなかった。
「で、どんな娘だ。」
 一変、まじめな顔でヒデトに面と向かうJ。ヒデトはニヤッと笑ってのたもうた。
「バッチリ。とてもこの世のものとは思えないぜ。」
「おお 燃えるリビドー!」
 ということでJはいそいそとヒデトの後をついていった。
「それでは紹介します。」
「ゴクッ」
「我がウチンダイ最凶の娘。ガキさんでぇす!」
「始めましてー!」
 チュドーン!
「おっ 死んだ。」
 ヒデトが努めて明るく言う。
 爆心地からはいだしてきたJと目が合った。
「へへ。」
「き、きさまー!」
「へへへ。」
「これはどういう意味だ!」
「仕方ねえだろ。」
 ヒデトはJのそばによりささやいた。
「なになに……ガキが男がほしいとのたもうた?そこで白羽の矢に当ったのが……」
 Jは覚られないよううつむいて前方を見た。
 はたしてニコニコ笑っているガキの後に、力尽きた男達がうず高く積まれていた。
 よく見るとイモやツクイも入っている。
「ひょっとして白羽の矢とはバルカン砲か?」
「ははっ、うまいこと言うねぇ。」
「よーわ、てめえが全部ひっかけてきたのだろうが!」
 ヒデトの首を激しく振り回す。
「だって俺まだ死にたくねえもん。」
 振り回されながら、いい訳するヒデト。
「やかましい!自分の安全のために他人に迷惑かけるたあ、特に俺に迷惑かけたのが許せん!」
 更に激しくヒデトを振り回すJ。その時、
「ヒマー。」
 ドキッ!
 二人の心臓が跳ね上がった。
「き、聞いたか。」
「い、いや 気のせいだろう。」
 だが再びさらにはっきりとした声で。
「ヒマー。」
「ぬう!」
 二人は同時にうめいた。
 みつめ合うJとヒデト。
 やがて二人は。
 醜く、争い始めた。
「おめ、おめーが悪いんだぞ。素直にエサにならんから!」
「やかましきゃ!てめーが最初からエサになってりゃよかとー!」
 Jは興奮すると、語調がむちゃくちゃになる。
 二人は互いの体をおしあいへしあい、なんとしてもガキにぶつけようと苦心していた。
「ヒマー。」
 今度はかなりでかい。
 二人の顔色がさらに悪くなる。
「ま、まずい。このままでは、暴れだすぞ!」
「そ、それでは宴会が!」
「なんとしても男をあてがわなければ!」
 二人は千日戦争に入った。
 先に動いた方が負け、イコールガキのエサだ。
 そんなおり、酔っ払いが通りすがった。
「何やっとんだ?おめーたち。」
 Nであった。
 既に泥酔状態であった。
「こいつは……」
「使える!」
 二人は同時にうなづき合った。
「N、じつはな 君に合わせたい人がいるんだ。」
「ん〜。」
 ゆっくり顔を巡らすNであったが、ある方向を見た瞬間。
「じ、じゃあな。」
 と言うなり逃げだした。
「ちィ!しまった、さとられた!」
 さらに酔っ払ったDONがきた。
「DON、実は……」
「んじゃそーいう事で……」
 彼も言うなり逃げだした。
「くそぉ。どーするj。考えるんだ。こらヒデトてめえも考えろ!」
「んなこと言ってもなぁ……」
「ヒマー!」
「くう。なけてくるぞ……まてよ あいつがいたあ!」
「ああ、今俺も気付いた。」
「やはり彼にすべてひっかぶってもらおう。すまん キャプテン!」

未完